メモ書き帳

2010年8月1日

幸せとは

Filed under: Uncategorized — ru3memo @ 10:59 PM

たまには真面目な話でも。
自分の身の上話のようなものなので、興味ない方はスルーで。

心の底から凄いなこの人、と思えるのは実の母である。
母は23という今となっては大学卒業とほぼ変わらないほどの若さで
姑・年上の義理の妹・そして月の3分の1里帰りする義理の姉の居る家に嫁いだ。
父とはお見合い結婚。そんな父は仕事人間でまさに「家庭を顧みない夫」であった。

なので結婚してしばらくは肩身の狭い思い、2年近くも子供が出来なかったのも原因であった。
お風呂も残り湯で、色々相当気を遣っていたようだ。

そんな母も3人の娘が出来て、ようやっと幸せをかみしめていた矢先、
結婚20年目を目の前にして長女・・・つまりわたしの上の姉が病気になった。

当時はまだ小学生であったわたしは、病院での入院を大きなものとしてとらえることが出来なかった。
だが、入退院を繰り返す姉を見て、さすがのわたしもおかしいな、と思い始めた。
けれどもそれは絶対に考えてはならないことでもあった。
家族が助からない、なんて絶対考えてはならないことであった。

姉は享年19歳(満18歳)という若さでこの世を去った。

母はあの頃は地獄だったと話した。

けれども、こうも言った。
「でも今はそれでも幸せを感じている。家を建て替えてから自分の立場が強く感じられるようになったし、みんな元気だし。」

「今は娘二人が嫁に行ってくれたら、一生分の幸せをもらえるわ」と、母は言った。
とても重いものだが・・・いつかかなえてあげたい。まぁ、かなえてあげるにも相手がいないとどうしようもないのだが。

地獄を見ている母でも、幸せをまた改めて感じている。
姉は人生のすい甘いを知らないままこの世を去った。

わたしは、
ほんの小さなことでも気にして、落ち込んで、怒って、悩んで、
ああもう本当にしょうもない人間だなあと思う。そりゃ良縁も来ないわな・・・。
そして、そんな小さなことを気にすることができるのはわたし自身が健康だからだとも思う。

なので、わたしが出来ることと言ったら「反省」しかないのだ。
月初めくらいは、自分を戒めるためにも、反省して向上していかねばならない。
今自分自身を幸せにする手だてと言ったらそれくらいしか出来ないのであった。
不器用なので、周りから見れば滑稽なことなのかもしれないけれど。

広告

コメントする »

まだコメントはありません。

RSS feed for comments on this post. TrackBack URI

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

WordPress.com Blog.